Concept of Quest for Blood

Contemporary ghosts have forgotten their own blood and soil
They lost their way and have to wander around to Quest for Blood

Remember when you were strings of 11 dimensions
Remember inflation of universe
Remember morning of photons
Remember star cradles of shock waves
Remember when you were asteroids
Remember when you started replicating yourselves
Remember deadly poison of oxygen
Remember when you ran away from your home ocean
Remember death cries of huge monsters
Remember morning came after mourning
Remember when you were on the ground from the forest
Remember what you cried
Remember where your journey was to
Remember whom you conquered or whom you were conquered by
Remember whom you were fused and mixed with
Remember your name
Remember yourself



捜血鬼concept

第1章 国津神の故郷

モンゴロイドがニグロイドやコーカソイドと分化したのは5.5万年前を平均値として
諸説分かれている。分化した場所は西アジアからインドにかけてのどこかとされる。
国津神は歯の形からスンダドント、或いは居住地域から南方モンゴロイドといわれる。
ミトコンドリアDNAの解析、頭骨形態解析から、南方モンゴロイドの故郷は
スンダランド (現在のマレー半島とスンダ列島を含む亜大陸) とされる。
スンダランドは豊穣であったが故に人口爆発が起こり、東北アジアや
太平洋諸島への拡散が起こった。
北アジアに進んで寒冷地適応した集団が後のシノドント、北方モンゴロイドであり、
天津神の祖先となる。
スンダランドからの人口拡散の時期と、スンダランド水没の時期との関係は
よく分からない。しかしながら、モンゴロイド全体に原初洪水神話が
共通していることは注目に値する。
南北アメリカ先住民には北方モンゴロイドと南方モンゴロイドの双方の形質が
共存しており、ベーリンジア (陸続きのベーリング海峡) の横断が複数回に
及んだことを示している。

第2章 国津神の変遷

古事記に登場する天津神と国津神の二重構造は、
埴原和郎が提唱した日本人起源の二重構造モデルにそのまま当てはまる。
天津神が2900年前に朝鮮半島から渡来したとき、
日本全土に先住していた民族が国津神である。
北九州と山陰に始まり、神武天皇の東征、長脛彦との合戦を経て、
南九州・奄美・沖縄を除く西日本を制圧するのに時間はかからなかった。
ただし、天津神の本当の強さは武力ではなく、水田稲作の豊穣力にあった。
倭建命の東制圧は完全なものではなく、国津神を服従させるとともに
権限委譲を行い、間接統治の形態をとったため、関東地方には
国津神の血と風習が一定程度残存した。
南九州の隼人は7世紀までにほぼ朝廷への服従を完了した。
東北の蝦夷の抵抗はAteruyが802年に河内の杜山で処刑されるまで続いた。
律令体制に組み込まれた後も、津軽半島北部には「犬」(Aynu) と呼ばれ、
戸籍を持たず、朝貢義務を負わない集団が明治初期まで居住していた。
戊辰戦争の時には水先案内人としての記録が残っている。
彼らの子孫は現存しているはずだが、ほぼ全員が先祖の記憶を失っている。
奄美・沖縄では、複数回にわたり多重統治下に置かれたものの、
貿易拠点としての優位性もあり、東北に比べれば独自性を維持しながら
緩やかに融合が進んだ。
北海道のAynuは明治の「開拓」以降、強制労働と差別の環境におかれた。
1994年萱野茂がAynu初の国会議員となり、1997年に北海道旧土人法が
廃止されるまで、Aynuは法的に「土人」と呼ばれていた。
樺太のアイヌ語話者は1994年浅井タケの死去により、絶滅した。

第3章 清め産業と国津神

大和朝廷に征服された国津神の一部は、清め産業の担い手として都市部に強制移住させられた。
清め産業とは、呪術、芸能、警備、製鉄、皮革、食肉、金属屑、古紙、清掃などである。
清め産業従事者としての国津神は各地に一定の専門職集落を形成した。
清め産業の位置付けは時代とともに変化したが、専門職集落の名残は現在も各地に見られる。

第4章 現代の国津神

近年、国津神の諸形質が東アジアの性選択において有利になりつつある。
小顔、大きな丸い目、長いまつ毛、高い鼻、厚みのある唇、細長い手足などである。
江戸時代までは貧相とされたこれらの諸形質が、理由はどうあれ、現代になって
注目されるのは興味深い。
また、天津神の下戸、国津神の酒豪の形質も、アルデヒド脱水素酵素ALDH2の遺伝子変異で説明される。
血液型については、南方モンゴロイドにO型、北方モンゴロイドにA型、
中国南部にB型が多いという分布傾向はややあるものの確証はなく、また性格との関連は科学的に否定されている。