1 高女妊 (Tak Ama no Fala) 双調 (G)

 

1 凶根矛 (Maga Ne Foko)

天地 (あめつち) 初めて発 (ひら) けし時,国稚 (わか) く浮べる脂の如くして,くらげなすただよへる時,渾沌より丹塗矢成れり,高女妊 (たかまのはら) より大門 (おほと) 成り坐 () しき。天地動 (とよ) み鳴り,丹塗矢凝りて凶神 (まがつかみ) と成り坐しき。

此の神,凶根矛 (まがねほこ) を賜はりて,高女妊の大門に指し下ろし,塩こをろこをろに画 () き鳴して,其の矛の末 (さき) より垂たり落つる塩累 (かさ) なり積りて島と成りき。

(ここ) に其の神,島の御前 (みさき) に美人 (をとめ) に遭ひたまひ,くみどに興して,神が身の成り余れる処を以ちて,美人が身の成り合はざる処に刺し塞 (ふた) ぎて,火之神を生みき。此の神を生みしに因りて,美人,御火門 (みほと) () かえて病み臥 (こや) せり,神避 (かむさ) り坐しき。

 

              高女妊 (たかまのはら) に凶~ (まがつかみ) 坐す

              凶根矛もて凶~坐す

              祝ひ呪ひて祀らむぞ凶音

 

2 うけひ (Ukefi)

是に凶神,高女妊に参 (まゐ) 昇りたまひき。是に天女神 (あまつかみ),御髪を解きて御みづらに纏 () きて,弓腹 (ゆはら) 振り立てて,堅庭 (かたには) は向股 (むかもも) に踏みなづみ,沫雪 (あわゆき) () す蹴散 (くゑはらら) かして,いつの男建 (をたけび) 踏み建 (たけ) びて待ちたまひき。

(おのもおのも) うけふ時,ぬなとももゆらに女 (あめ) の真名井 (まなゐ) に振りすすきて,さがみにかみて,各神生みたまひき。

 

              ぬなとももゆらに

 

3 勝さび (Katisavi)

是に凶神,「自ら (おのづか) ら我 (あれ) 勝ちぬ」と云 (まを) して,勝さびに,天の服織女 (はたおりめ) の陰上 (ほと) () に衝き,逆剥 (さかは) ぎに生剥 (なまは) ぎて,其の枝をつかみ批 (ひし) ぎ引き闕 () きて,薦 (こも) に裹 (つつ) みて投げ棄 () てたまひき。

 

 


2 高津火 (Taka tu Fo) 黄鐘調 (A)

 

1 狭蠅 (Savafe)

(かれ),火之神啼きいさち坐して,青山は枯山 (からやま) 如す泣き枯らし,河海は悉 (ことごと) に泣き乾し,悪しき神の音 (おとなひ) 狭蠅 (さばへ) 如す皆満ち,万の物の妖 (わざはひ) 悉に発 (おこ) りき。

 

2 罪の類 (Tumi no Tagufi)

是に凶神,万の物の妖もて,生剥 (いけはぎ),逆剥 (さかはぎ),上通下通婚 (おやこたはけ),馬婚 (うまたはけ),牛婚,鶏婚,犬婚の罪の類を発 (おこ) したまひて,悪しき態 (わざ) () まざりき。

是に凶神,勝さび極みて,天女神に娶 (みあ) はむと欲 (おも) ひたまひき。天女神怖ぢたまひて,天の斑馬 (ふちこま) と化 () り混ぢりたまひき。故,凶神,天の斑馬が群 (むら) を見裂きたまひて,斑馬と化れる天女神をばくみどに起こして,天馬婚 (あまつうまたはけ) たはけたまひき。

 

3 黄泉婚 (Yomo tu Tafake)

故,天女神畏 (かしこ) みて,自ら崩 (かむあが) り坐して,高女窟 (たかまのくら) に岩屋戸を開きて鎖 () しこもり坐しき。崩る即ち其の王 (みこ) に曰く,「三つ夜の間,岩屋戸を目守 (まも) りたまへ」と宣りたまひき。

三つ夜明けなむ即ち,寿 () き狂ほし酒楽 (さかくら) の歌聞えき。其の王歌を聞きたまひて,古きうけひにも厭きたまひて,宴の群に入り坐しき。

是に凶神,黄泉醜女 (よもつしこめ) に酒楽の歌を歌はしめ,其の王の宴に入り坐す即ち,岩屋戸を開き入り坐しき。うじたかれころろく天女神の屍 (かばね) に鞭打ちたまふ即ち,其の屍潔 (きよ) く化りて,若やる胸の白き腕 (ただむき) の美人と化りき。故,凶神,其の美人の屍をくみどに起こして,黄泉婚 (よもつたはけ) たはけたまひき。又其の御馬 (みこま) にも娶はせたまひ,黄泉馬婚 (よもつうまたはけ) たはけさせたまひき。故,美人の屍より生まれし神の名は,沙蛇那 (さたな)

 

              沙蛇那

 


3 神やらひ (Kam Yalafi) 平調 (E)

 

1 木俣神 (Ki no Mata no Kami)

是に凶神,其の女 (むすめ) 沙蛇那に婚 (よば) ひて生みませる子ありしが,其の女畏みて,其の生める子をば木の俣に刺し挾みて返りき。故,其の子を名 (なづ) けて木俣神 (きのまたのかみ) と云ふ。木俣神,大国の主と成りき。

 

2 詛はしみ (Tokofasimi)

沙蛇那,其の父凶神を畏み詛 (とこ) はしみて曰く,「此の竹葉の青むが如,此の竹葉の萎 (しな) ゆるが如,青み萎えよ。又此の塩の盈 () ち乾 () るが如,盈ち乾よ。又此の石の沈むが如,沈み臥 (こや) せ。」と詛はしみ坐しき。又詛はしみて曰く,「父つ神の御寿 (みいのち) は木 () の花のあまひのみ坐さむ」と詛はしみ坐しき。

是を以 () ちて凶神,八年 (やとせ) の間干萎え病み枯れたまひぬ。

 

3 神やらひ (Kam Yalafi)

是に天女神,黄泉還りて八百万の神と共に謀りて,凶神に千位 (ちくら) の置戸を負 (おほ) せ,亦手足をも抜かしめて,神 (かむ) やらひやらひき。

 

4 神避り (Kam Sali) 磐沙調 (B)

 

故,凶神,干萎え病み枯れ,手足をも抜かれたまひて,甚 (いと) 疲れませるに因りて匍匐 () ひ委蛇 (もごよ) きて,稍 (やや) に夜這ひたまひき。詔りたまはく,「吾が心は,恒 (つね) は虚 (そら) よりも翔 (かけ) り行かむと念 (おも) ひつるを,然るに吾が足得歩まず,たぎたぎしく成りぬ。」とのりたまひき。

又歌ひたまはく,「倭 (やまと) は,国のまほろば,たたなづく青垣,山隠 (ごも) れる,倭し美 (うるは) し」とうたひたまひき。

又歌ひたまはく,「命の (また)けむ人は,畳薦 (こも) 平郡 (へぐり) の山の,熊白檮 (くまかし) が葉を,髻華 (うず) に挿せ,その子」とうたひたまひき。

此の時,御病甚急 (にはか) になりて,是に御歌にのりたまはく,「嬢子 (をとめ) の,床の辺 () に,我が置きし,凶根の矛,その矛はや」と歌ひ () ふる即ち崩りましき

 


5 黄泉呪詞 (Yomo tu Nolito) 壱越調 (D)

 

1 大蛇 (Woloti)

是に凶神の亡骸を脱き棄 () て,大蛇に化りて,地 (つち) に匍匐ひ行きぬ。黄泉人等,磐窟 (いはくら) に還り至りて,石 (いそ) の上 (かみ) 降る血の御影に秘めごとに舞ひき。

 

              浜つ千鳥 浜よは行かず 磯づたふ

石の上 降る血の御影こそあれ

              還りつる黄泉人舞秘めごとたれ

 

2 (Matuli)

月満つるにあたりて,齢十まりの童子 (をとこ) 童女 (をとめ) 杜に至りて,衣 (けし) を脱き棄て,身に赤土 (はに) を塗りて,地に匍匐ひ呪詞 (のりと) のりき。

(むら) にては邑人集ひて,酒を醸 () み歌ひ舞ひて,混ぢり婚 (たは) けき。

 

3 神楽 (Kagula)

是に神主,丹塗矢と十拳剣 (とつかつるぎ) とをもちて,邑人が舞ふ真中に入り立ちき。又身に赤土を塗りし童子童女,杜より還り至りき。容姿 (かたち) 麗し童女択 () らえ禊 (みそぎ) 為て,神主に丹塗矢もちて虹の如く其の火門 (ほと) を射さえき。即ち邑の壮士 (をとこ),あまねく其の童女をくみどに起こして,あまた婚 (たは) けき。

是に神主,十拳剣をもちて,童女の手足を切り散 (はふ) り,其の身を生剥 (なまは) ぎに剥ぎて,邑人に食らはしめき。其の髪 (くし) は木に奉らえ,其の魂 (たま) は火に奉らえ,其の肉 (しし) は土に奉らえ,其の骨は金に奉らえ,血は水に奉らえき。

沙蛇那,祀らえ繭 (まゆ) と化りて,何れ還らむ。

 

 


参考文献

 

1.        安倍規昌,雅楽がわかる本,1998,たちばな出版

2.        井上順孝編,神道,1998,新曜社

3.        大野晋,日本語の起源,1994,岩波新書

4.        大林太良,神話の系譜,1991,講談社学術文庫

5.        国立科学博物館,NHKNHKプロモーション,日本人はるかな旅展,2001

6.        佐々木宏幹,村武精一編,宗教人類学,1994,新曜社

7.        下出積與,日本古代の道教・陰陽道と神祇、1997,吉川弘文館

8.        土橋寛,日本語に探る古代信仰,1990,中公新書

9.        萩原,鴻巣校注,古事記 上代歌謡,1973,小学館

10.    埴原和郎,日本人の成り立ち,1995,人文書院

11.    柳田国男,遠野物語,1992,新潮文庫

12.    吉田敦彦,日本神話の源流,1976,講談社現代新書

13.    吉田敦彦,日本神話のなりたち,1998,青土社

14.    吉田敦彦,水の神話,1999,青土社

15.    吉野裕子,隠された神々,1992,人文書院